カテゴリ:読書( 19 )

「文体練習」

小説を趣味とする者として、今更ですがレーモン・クノーの『文体練習』(訳:朝比奈弘治)を読みました。

創作者を目指す人は必読とかなんとか、一部では有名な本ですが、知らない方も多いと思うので、簡単に説明します。

ひとことで言うと、なんでもない出来事を、99通りの文体で書き分けるという「言語遊戯」を試みた実験作です。

まず、「1.メモ」としてこう始まります。

「S系統のバスのなか、混雑する時間。ソフト帽をかぶった二十六歳ぐらいの男、帽子にはリボン代わりに編んだ紐を巻いている。首は引き伸ばされたようにひょろ長い。客が乗り降りする。その男は隣に経っている乗客に腹を立てる。誰かが横を通るたびに乱暴に押してくる、と言って咎める。辛辣な声を出そうとしているが、めそめそした口調。席があいたのを見て、あわてて座りに行く。
 二時間後、サン=ラザール駅前のローマ広場で、その男をまた見かける。連れの男が彼に、『きみのコートには、もうひとつボタンを付けたほうがいいな』と言っている。ボタンを付けるべき場所(襟のあいた部分)を教え、その理由を説明する。」

ヤマもオチもイミもないエピソードですね。

これが、以下98通りに変奏されます。



例えば、「17.合成語」では

「白昼都心的な時空間のなか、わたしは満雑混踏するバスデッキで、編み紐巻き帽かぶりしたひょろ首の小癪者と、となり立ちしていた。その男は相乗り横客に『ぐい押しわざ突きしないで欲しい』と言ったあと、あわて飛んで席取り走った。あとときの別所で、わたしはその小癪者が知らず人といっしょに、サン=ラザっているのを見た。知らず人は『きみのコートには上付けボタンしたほうがいいな』と教勧導示しながら、その美装釈説をしていた。」

と、同じ状況をむやみに造語を駆使しながら描きます。

とにかくずっとこの調子で、「48.哲学的」では

「非蓋然的時間的偶然の本質性を現象学的精神性に提示する事は大都会にのみ可能で有る。S系統のバスと言う無意味かつ道具的な非実存的存在物中に時として身を置く哲学者は、其処に於いて虚栄の長首と無知の帽子的編紐に苦しむ世俗的意識の束の間の色褪せた出現を、明晰な松果腺的視線に拠って認識する事が可能と成る。真のエンテレケイアとして実現される事の無い此の質料は、意識の重みを有さない身体的機構の新バークリー主義的非在に対して、攻撃的エラン・ヴィタルの定言的命令の中へと往々にして身を投じるので有るが、此の様な倫理的姿勢はより無意識的な存在をして無の空間性の中へと突進せしめ、其の存在の第一元素と鉤形原子への分解を惹起するので有る。
 哲学的探求は通常、非本質的服飾的な其の模写物を伴う同一存在との偶発的出会いに於ける神秘的象徴解釈に於いて、其の作業を続行するので有るが、其の模写物は元の存在に対して、社会学的に過度に下層に位置するコートのボタンの概念を悟性の領域内に於いて転移すべき事を仮想的存在の相に於いて要請するのである。」

といった具合(ちなみに、このページのみなぜかゴシック体です)。



さらに、後半になるとネタも尽きてくるかと思いきや、どんどん筆が乗ってきて、あらぬ方向へトンガってゆきます。

例えば、「95.幾何学」

「方程式 84x + S = y によって示される直線上を移動する直方体の内部において、人体面Aは、長さ l ( l > n ) の円筒部分の上部に、二つの正弦曲線によって囲まれた球帽を持つものとする。この人体面Aが、もうひとつの野卑(トリビアル)な人体面Bとの接点を持つとき、その接点は怒りの尖点(カスプ)となることを証明せよ。
 この人体面Aが相同(ホモローグ)の人体面Cと交わる場合、その接点は半径 r ( r < l ) の円板である。人体面Aの鉛直軸におけるこの接点の高さ h を決定せよ。」

と、わけのわからない事態になっています。



さらに、「97.間投詞」では、

「さて! うわあ! むっ! うう! ふうむ! ああ! ぐふっ! んっ! おおっ! ふうん! ちっ! んむっ! あいっ! はは! うっ! おい! ん! ええー! ふうーっ!
 おやっ! はあん! ふむ! ほう! へえー! よしっ!」



奇書です。



ちなみに、値段は3398円+税。

これを高いととるか安いととるかは、本当に人によると思います。

僕は、今後の創作の糧になるかと思い投資したのですが、まだ手応えがよくわかりません。

ただ、3398円+税分くらいは楽しませてもらえました。
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by cos_ary | 2007-04-30 12:26 | 読書

「携帯メール小説」

d0042155_313232.gifついに出ますね。

発売は8月2日のようですが、先日僕の手元にも見本が届きました。

小学館の本ということで、何となく「世界の中心で、愛をさけぶ」みたいなブックデザインを想像していたのですが、開けてびっくり。

なんと言いますか、岩波の文芸書みたいな雰囲気の本です。大学で使う教科書みたい。すっごくストイック。

予想の隙を突かれた気分です(表紙にQRコードを使うことだけは予測してましたが)。

なかなか、いい裏切りですね。僕はこういう本も大好きです(でも、売れるのかな?)。



で、本を開いてさらにびっくり。

いや、まあ自分の小説が載ってることは知ってましたけど……。と、とっぷばったーとは。

いいんですか、小学館さん、そんなことして。そこで読者に本閉じられても、僕知りませんよ。





とまあ、初っ端から驚きの連続だったわけですが、ぱらぱらと読み進めていると、じわじわと湧き起こる新たな驚きが。

というのも「あ、この本意外に面白いかも」と思っちゃったわけです。

見開き1ページで、1つの作品、という本の形式がすごく心地いいんですよ。

ぱっと開いて、さっと読んで、ぱらっとめくって、というこれだけの「本を読む」という行為が、こんなに楽しいものだとは思いませんでした。

ページをめくるのが、とにかく楽しいんです。普通の本は、次の文章を読むためにページをめくるんですが、この本はページをめくるために次の文章を読んでしまいます。
(これは、実際本を手にしてみないとわからない感覚です)

考えてみれば、こういう形式の本ってなかなか他にないですよね。作品の長さが均一で、どれも見開きで完結する短編集なんて。

とにかく、一つの視野の中に、物語の全てが収まっているというのが、すごく安定感があるんです。



ほとんどの作品は、WEBや雑誌の方で既に読んだことがあるはずなのに、こうして違った体裁になったものを改めて読んでみると、また新しい印象を受けたりもして、それも面白い。

同じテキストなのに、どこで読まれるか、どのように読まれるかで、違った表情になる。

つまり、メディアの形式も、既にコンテンツの一部なんですよね。再発見。



「携帯メール小説」、一見すると地味な本ですが、なかなかさりげなく素晴らしい本なのです。

O木さん、素敵な本をありがとうございました。
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by cos_ary | 2006-07-31 23:09 | 読書

「世界の果てには君と二人で」

d0042155_2255565.jpg……あれ? なんか、最近漫画しか読んでないみたいじゃないか。

こりゃいかんね。いやまあ、実際漫画くらいしか読んでないんですけど。



こいつは「最終兵器彼女」という、ちょっと前の(僕が高校生の頃の)漫画の「外伝集」だそうです(本編を知らなくてもたぶん問題なく読めます)。

ようするに、一つの世界を舞台にした短編集ですね。

漫画は長編より短編の方が好きなので、こういう本が出るのはとても嬉しい。「最終兵器彼女」も、好きな漫画だったし。

これで700円という価格は、少し安すぎるんじゃないかなあ、と思う次第。



大雑把に説明をすると、舞台は最終戦争が起こった世界。若い男女の、愛のような愛ではないような、でもやっぱ愛なのかなあみたいな、そんな話たちです。(なんだこの説明は)

戦争を描いているようで、戦争を描いていない(戦争が背景のようになっている)ために、独特の雰囲気と切実さが演出されています。うーん、うまく説明できないな。

とにかく、すごく真っ直ぐで正直な漫画だと思います。一度くらい、こういう方向性をもった小説を書いてみたいですね(もちろん、短編で、です)。

こういう話って、読むのは若い時期の方が良いんだろうけど、書くのはある程度歳を食った方が案外良いんじゃないでしょうか。いや、わかんないけど。

まあそんなわけで、当分の間、この手の物語はもっぱら読者でいようと思うわけです。

漫画は面白いねえ。
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by cos_ary | 2006-07-31 22:24 | 読書

「DEATH NOTE」

d0042155_1202588.jpgどーも。お久しぶりです。

いまさらって感じかもしれませんけど、ジャンプの漫画です。先日初めて読みました。

この漫画が世間で流行っているらしい、というのは何となく知っていましたが、長らく読む気はしませんでした。

天邪鬼だから流行ものに反発したがる、というのも一つの理由ですけど、主な理由は昔友人と交わした会話です。

有「最近『DEATH NOTE』って漫画が流行ってるみたいだけど、どんな漫画なの?」

友「東大に主席で入るくらい成績も良くてスポーツもできて顔もよく女の子からも人気のある主人公が、どんな人間でも殺せる死神のノートを手にして、それを使って世の中を自分の理想どおりにしようとする話だよ」

有「ふーん、そんな話ならいいや」

……というわけで、それ以来、全くもって興味を持っていなかったんですが、夏休みが始まって実家に帰省してみると、どうも様子がおかしい。

母「おかえり。『DEATH NOTE』全巻揃ってるよ」

有「いや、いきなりそんなこと言われても……。興味ないから」

ところが、母だけでなく父まで。

父「おお、あのな、実は……なんと『DEATH NOTE』が全巻そろっておるのじゃ」

有「……ごめん、もう聞いた」

さらに、妹まで。

妹「お兄ちゃん、『DEATH NOTE』読む?」



いや、このときばかりは家族が何かに呪われているのかと本気で疑いましたね。

まあ、どうも話をよく聞いてみると、『DEATH NOTE』の映画を観に行ったところ、それがなかなか面白くて、漫画もつい揃えてしまったとのこと。

うーむ、そうか『DEATH NOTE』は面白いのか。

同じ遺伝子を半分持つ家族の言葉だ、よし読んでみるか……。



というわけで、結局夜更かしして『DEATH NOTE』読んでました。

この漫画は、絵が綺麗で読みやすいですね。話は、なんかちょっとカイジに似てるかな、と思ったり(あそこまでアクは強くないですが)。

結論、友人の言葉も家族の言葉も本当でした。間違っていたのは僕です。
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by cos_ary | 2006-07-31 20:34 | 読書

「天使と悪魔」

d0042155_1253647.jpg「ダ・ヴィンチ・コード」を読んだので、そのついでにシリーズ一作目の「天使と悪魔」も。

読んだ感想。こっちの方が、ストーリーが派手なので映画向きなんじゃないかと。
(一言で説明すると、ヴァチカンですごい規模のテロが起こるという話です)



「ダ・ヴィンチ・コード」は、キリスト教会が過去に行ったある隠蔽工作が主題。

一方「天使と悪魔」では、科学と宗教(科学者と教会)との対立が主題。

要するに、どっちも教会に対抗する勢力についての話です。

日本人にはピンと来にくいかなあ、と思いつつも、ある程度楽しく読めてしまうあたり、さすがはベストセラー。

ただ、この本を読んでいて、自分が信仰を持っていないというのはすごく人生を損してるんじゃないか、と、そんな気分にさせられました。信仰を持ってる人は強いですね。



それにしても、「天使と悪魔」にしても「ダ・ヴィンチ・コード」にしても、やたら喧伝されているので読む前からその本に対して何らかのイメージを抱いてしまう、というのは少々残念なことです。





ちなみに、土曜の日記のアップが月曜の深夜になってたり、ブログの更新が遅れていたのは、こいつらが原因であったことを素直に白状しときます。
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by cos_ary | 2006-07-04 04:42 | 読書

「ダ・ヴィンチ・コード」

d0042155_1264250.jpg話題作ですね。(今更か)

こないだ映画を観る機会があったので、観終わった後で小説も読んでみました。



映画も小説も、どちらも楽しめました(あそこまで騒ぐほどの作品かどうかは置いといて)。

テーマも興味深いし、適度な速さでサスペンスが続くから途中で飽きが来にくい。

とても上質でバランスの良いエンターテインメントだなあ、という感想です。



映画と小説というのは、このお話のアプローチとして相補的な気がします。

主人公が図像学者だし、ストーリー中で美術作品や建築物が重要な意味を占めるから、映像で視覚的にそれらを捉えられると、実に直観的で分かりやすい。

一方で、数人の人物がそれぞれ異なった意図で行動しているから、そこは文字で説明してもらった方がよく分かる。

そんな感じに、両者が互いに足りないところを補っていますね。



ということは、これを漫画にすれば一番しっくり収まるのかもしれない。

浦沢直樹あたりが漫画化してくれれば、普通に面白そうだ。ちょっと読んでみたい、と思う。

しかし、法外なライセンス料になるんだろうなあ。
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by cos_ary | 2006-07-04 04:24 | 読書

「Y」

d0042155_23371351.jpg半年ほど前に、小学館の「きらら」で、携帯メール小説大賞グランプリを頂いたときのこと。

編集さんとお話をしていたときに、

「選考委員の方の小説は読まれたことありますか?」

と訊かれた。

その回答はというと、恥ずかしながら「NO」であった。

携帯メール小説大賞の選考委員は佐藤正午氏と盛田隆二氏の両名だ。

さすがに僕でも名前くらいは聞いたことはある。「ジャンプ」や「夜の果てまで」がベストセラーだ、ということも知っている。

けど、それがどんな小説かは知らないし、二人がどんな作家なのかも全く知らない。

そんな状態で賞をいただいて喜んでいたわけだ。

「でしたら、ぜひ一度、読んでみてください。あなたの小説を選んだ人が、どんなものを書いているのか」



というわけで、手に取ったのがこの「Y」という小説。

あれから随分時間が経ってしまったが、先日ようやく読むことができた。

実に、良い出会いだったと思う。

何が良かったかと言うと「全く何の予備知識を持たない状態で読み始められた点」だ。

普通、本を読むときには、その本がどういった内容のものか、作者はどういった人物なのか、といった予備知識があった上で読み始めることになる。

ところが、今回はそれが全くなかった。作者が「小学館の携帯メール小説で選考委員をしている」という以外の余分な情報を何も持たず、この本を手に取った。



これはすごく幸せなことだと思う。

この小説を、何も知らずに読めたことは、どれだけ感謝しても足りない。

こんな経緯でもなければ、この歳になって、こんな形での本との出会いはまずありえなかっただろう。



だから、あえて「どんな本だったか」ということは書かないことにしたいと思う。

知りたい人は、Amazonのレビューなどを見て欲しい。

ただ、この小説との一番幸せな出会い方は、僕が経験したような、白紙の状態での出会いだと思う。



次は、「夜の果てまで」を読むことにします。
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by cos_ary | 2006-06-05 23:53 | 読書

「ヨコハマ買い出し紀行」

d0042155_1036296.jpgついに、最終巻ですね。

高校一年のときに出会って、七年間、追いかけてきた漫画です。

作品全体に漂う、リラックスした心地よい空気は、おそらく僕自身に色々な影響を与えているのかな、と思います。

大きなドラマやストーリーがあるでもなく、淡々と描かれる日常が温かい。

SF的な設定も、読者に説明されることなく「そこにある当たり前のこと」として存在しています。

そういう雰囲気が大好きです。



そういえば、このコミックスを読んでいる最中は、ずっと部屋で遊佐未森「休暇小屋」をかけていたのですが、実に音楽と漫画の世界観がマッチしていたのが興味深かったです。

「休暇小屋」と「cafe alpha」どこか似てたり、自然体ながらも端正に作り込まれた世界も共通していたり、優しく切ないムードが呼応したり。

なんと言っても、初めて見るのに懐かしい、懐かしいのに新鮮。そんなイメージが、両者にはあります。

同じ時期に、この二つの作品に接することができたのは幸せでした。
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by cos_ary | 2006-05-28 10:45 | 読書

「安達ヶ原の鬼密室」

久しぶりに、本格ミステリを読みました。
歌野晶午さん「安達ヶ原の鬼密室」です。

終戦間際の陸の孤島。
鬼の伝説がある古い屋敷で、密室の中次々と人が死んでいく。
という、なんとも直球な内容。



ところが、この本は少し変わっていて、本編の「安達ヶ原の鬼密室」の他に、短編が一本、中編が一本それぞれ収められています。
「こうへいくんとナノレンジャーきゅうしゅつだいさくせん」
「The Ripper with Edouard」
子供がおもちゃをなくして、それを取り返そうとがんばる話。
アメリカで起きた連続猟奇殺人の話。
それが鬼密室とどういう関係があるのか、というのが見所になっています。



本当に純粋なミステリで、謎解きの楽しさを味わうのにとても良い作品でした。
ミステリのためだけに小説を書いているようなストイックさがあります。
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by cos_ary | 2006-02-13 11:57 | 読書

「100回泣くこと」

追試終わりました。
ちゃんと時間をかけて勉強すれば、試験問題って解けるんですね。初めて知りました。
それでも、耳鼻科の今年の本試の問題だけは解けませんでしたけど(苦笑
なに、あれ?
そりゃあ学年の大半が本試を落とすはずだわ。
(追試は、解き易い素直な問題でした)

年末に本を読んだことをすっかり忘れていました。
読んだ本はできるだけここに記録しておこうと思っているのですが、ついつい忘れてしまいます。
他にも色々読んだ本はあるんですけど、まずはこれ。


d0042155_1345723.jpg「100回泣くこと」(中村航)

短い小説だったので一日で読んじゃったんですけど、うーん、もう少し時間をかけて読んでもよかったかな。
いい小説でした。文体がスタイリッシュです。

この本は、「僕」と「彼女」の恋愛小説なんですけど、「彼女」が素敵。
さっぱりとした性格で、ちょっと変わり者。
文体とキャラクタとのバランスが、ちょうどいいんです。読んでて気持ちいい。
こういうのは最近の流行りなのかな、と思う。いいことですね。


2年ほど前に「世界の中心で愛をさけぶ」という本がすごく流行って、僕も友達に薦められて読んだんです。
そのときは、その小説が良いのか悪いのかわからなくて(売れる理由はなんとなくわかったけど)、自分のなかでいまいち消化できてませんでした。
ずっとそのまま来てたのですが、今回「100回泣くこと」を読んで、すとんと理解が及びました。
言葉にして説明できるような理解ではないんですが、「ああなるほど」と腑に落ちる感覚。
こういうことって、ありそうでなかなかないものです。不思議ですね。
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by cos_ary | 2006-01-27 01:30 | 読書