「或る少女の死まで」

ちょっと間が空きました。
恒例の読書録。今回は室井犀星「或る少女の死まで」
珍しく、文学ですね。一応説明しておくと、室生犀星さんは大正時代を代表する詩人で、小説家でもあります。この本は、室生犀星の最初の小説「幼年時代」から始まり、「性に目覚めるころ」「或る少女の死まで」と、自伝的な三篇からなってます。
なんでこんなものを読んでるのかともうしますと、実は「幼年時代」が、高校三年のときに校内模試の現代文で出題されたんです。ええと、主人公(室生犀星)が、小学校で居残りを喰らい、ひとり教室のなかで優しい姉のことを想い、黒板にひたすら

「姉さん姉さん姉さん姉さん……」

と書きまくるという、大変ブリリアントなシーン
あまりに印象的だったので、ついにこうして買って読んでしまいました。


さて。
これは作者自身が書いていることですが、「幼年時代」「性に目覚めるころ」の二篇と「或る少女の死まで」とでは、小説としてのつくりがぜんぜん違います。と言うのも、はじめの二篇のころは実に無邪気でまだ小説の書き方を知らなかった、かららしいです。
たしかにその通りで、「或る少女の死まで」は主題の鋭さ、作品の構成、人物の描写など、他二篇と比べて、実に「小説的な」まとまりを持っています。うまく表現できないのですが、「或る少女の死まで」を直列的・連続的だとすると、他二篇は並列的・離散的なつくりになっています。
けど、好き嫌いで言うと、個人的には最初の二篇の方が好きだったりします。ひとつの作品(まとまった「ひとつの」集合体)から受けるものは確かに「或る少女の死まで」の方が深くてずしんときます。犀星の言葉で言うと「あるおののき」といったものを感じるんです。
けど、最初の二篇はそのひとつの作品としての「つながった」感じ……というか「閉じた」感じ(ニュアンスをうまく伝えられない)が希薄なぶん、逆に、個々のシーンの詩情が際立って感ぜられるんですよね。
まあ、これは本当に個人的な好き嫌いです。読んでて思ったのですが、どうも僕はこの人の文体と非常に相性が良いみたいです。すごく好きな文章。

まあけど、人に勧めるなら「或る少女の死まで」ですね。やっぱり。
まずタイトルがすごいよね。タイトルを見た瞬間、「ふむふむ、最後は一人の少女が若い命を終えて、それで話はおしまいなのだな」と、読む前からラストシーンがわかってしまいます。こんな小説は、他にありません。
けど、それをうまーく利用して、読者にある「揺らぎ」を起こさせるつくりは「見事!」の一言。そして、その読者の揺らぎを、主人公の心の揺らぎとシンクロさせてるのもすごいです。
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by cos_ary | 2005-06-08 23:54 | 読書


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